虫垂炎とは、大腸の一部である虫垂に炎症が生じることで腹痛、発熱、吐き気などの症状が生じる病気です。
虫垂炎は重症化すると命に関わることもあるため、早めに治療を開始する必要があります3) 。しかし、別の病気が虫垂炎と誤診されることもあり、虫垂炎の治療をしても症状が改善しないどころか、その別の病気は悪化してしまうことにもなります。遺伝性血管性浮腫(HAE)も虫垂炎と誤診されることがある病気の一つです。
そこで今回は、虫垂炎と遺伝性血管性浮腫(HAE)の違いについて詳しく解説します。

虫垂炎とは?

虫垂炎は、大腸の一部の虫垂と呼ばれる部位に炎症が生じる病気です。まずは、虫垂炎の症状や検査方法などについて詳しく見てみましょう。

虫垂炎とは

虫垂は、小腸と大腸の境目近くから突き出した小さな管状の部位のことを指し、虫垂炎はこの虫垂という部位に炎症が生じる病気です。一般的には細菌感染が原因となります。一生のうちに男性では8.9%、女性では6.9%の人が虫垂炎になるとの報告もあり、よく見られる病気といえます2) 。どの年代の人でも発症しますが、10~30代の若い世代に多く見られ、子どもが発症すると重症化しやすいのも特徴の一つです2),3)
硬い便や異物などが虫垂の中に詰まることで発症するケースが多いのですが、きっかけがはっきりしないケースも少なくありません。

虫垂炎の症状

虫垂炎を発症すると、腹痛、発熱、吐き気、嘔吐などの症状が引き起こされます。虫垂は右下腹部に位置するためお腹の右下が痛くなると思われがちですが、みぞおちやおへその辺りが痛くなり、徐々に痛みが右下に移動していくのが典型的な症状の現れ方です。
治療が遅れると虫垂の炎症がさらに悪化していき、最終的には虫垂が破裂して腹膜炎や敗血症など命に関わる合併症を引き起こします2),3)

虫垂炎の検査方法

症状から虫垂炎が疑われる場合は、血液検査や画像検査が行われます。
血液検査では虫垂炎の確定診断をすることはできませんが、炎症の程度など全身の状態を把握するために必要となる検査です。一方、画像検査は虫垂が腫れているか、虫垂が破裂していないかなど、虫垂の状態を評価するために行います。一般的には、超音波検査が行われ、より詳しく調べるためには腹部CT検査が必要となります3)

虫垂炎と間違えられることもある遺伝性血管性浮腫(HAE)とは

虫垂炎は血液検査と画像検査によって診断が下されますが、別の病気であるにもかかわらず虫垂炎と診断されるケースもあります。別の疾患と診断されることで本来必要な治療が受けられなかったり、逆に不要な手術を行ってしまったりしたケースもあるとされています。
虫垂炎と似た症状がある病気として遺伝性血管性浮腫(HAE)が挙げられますが、どのような病気なのでしょうか? 詳しく見てみましょう。

遺伝性血管性浮腫(HAE)とは

遺伝性血管性浮腫(HAE)は、遺伝子の変異が原因によって血液中のC1インヒビター(C1エステラーゼインヒビターまたはC1インアクチベーターともいう)と呼ばれる物質の機能が低下し、全身のさまざまな部位にむくみが生じる病気です。
遺伝性血管性浮腫(HAE)によるむくみは、顔、手足、腕、体幹などの皮膚や粘膜に引き起こされます。症状は精神的、肉体的ストレスが引き金となって引き起こされ、多くは数日経過すると改善します。しかし、この病気は、気管や消化管の粘膜にもむくみを引き起こすことがあり、重症な場合には呼吸困難など命に関わる症状が現れるため注意が必要です1)

遺伝性血管性浮腫(HAE)と虫垂炎の似た症状

遺伝性血管性浮腫(HAE)は、消化管の粘膜にむくみを引き起こすことがあります。症状の程度に個人差はありますが、消化管にむくみが生じると虫垂炎と同じように非常に強い腹痛が生じ、吐き気や嘔吐などの症状も伴うようになります。また、画像検査では虫垂が虫垂炎であるかのように腫れて見えることもあるため、虫垂炎と誤診されるケースがあるのです1)
一方で、遺伝性血管性浮腫(HAE)による腹痛は、虫垂炎の典型的な症状の現れ方である「痛みの移動」は生じにくく、血液検査で強い炎症が見られないのも虫垂炎との鑑別ポイントとされています。

虫垂炎として治療をしても腹痛を繰り返す場合は遺伝性血管性浮腫(HAE)かも

遺伝性血管性浮腫(HAE)は、虫垂炎と似た症状を引き起こし、さらに画像検査で虫垂の腫れが見られることもあるため、虫垂炎と区別がつきにくい場合があります。現在、日本国内での遺伝性血管浮腫(HAE)の発症者は2,500人程度と推計されており、非常に珍しい病気と言えます。医療従事者が初診時に正確な診断に辿り着けないことも考えられます1)
虫垂炎の治療をしても症状が改善しない場合や、虫垂炎を繰り返す場合は、注意が必要です。腹痛以外にも皮膚のむくみなどの症状がある場合では特に、遺伝性血管性浮腫(HAE)の可能性も念頭におかねばなりません。

まとめ

虫垂炎は誰にでも発症する、比較的頻度の高い病気ですが、重症化すると腹膜炎や敗血症などを引き起こすこともあるため注意しなければならない病気でもあります。ただし、腹痛や吐き気を繰り返す場合、虫垂炎と同じような症状を引き起こす遺伝性血管性浮腫(HAE)も念頭におかねばなりません。
以下のチェックシートの項目に多く当てはまる場合や、虫垂炎の治療を行っても症状が改善せず再発を繰り返す場合は、遺伝性血管性浮腫(HAE)を専門的に診ることができる医療機関に相談してみましょう。
遺伝性血管性浮腫(HAE)は医学の進歩により薬剤も開発されています。勇気を出して医療機関に相談していただければ、病気と一緒に向きあってくれることでしょう。

【監修医師】
薬師寺 泰匡
薬師寺慈恵病院 院長
経歴:富山大学医学部医学科卒業
診療科目:ER診療、敗血症、中毒、遺伝性血管性浮腫など。
参考文献
  • 1) 日本補体学学会「遺伝性血管性浮腫(Hereditary angioedema:HAE) 診療ガイドライン 改訂2019年版」
  • 2) 手術 75巻4号 「特集 消化器・一般外科におけるCommon Diseaseの手術 エルステから高難度まで」
  • 3) 最新ガイドライン準拠 消化器疾患診断・治療指針