HAE患者さんを支える他疾患診療時の注意点と医療者間コミュニケーション
HAE以外の疾患で診療する場合の注意点
HAEと診断されている患者さんは、HAEを専門とする主治医をもつ一方で、HAE以外の疾患では地域の病院・クリニックを受診することもあると考えられます。多くの場合は、一般の患者さんと同様の診療で問題ありませんが、侵襲を伴う処置や一部の薬剤が浮腫発作を誘発・増悪させることがあります。以下に、診療の際に注意を払っていただきたいことを紹介します。
高血圧症の場合
降圧薬のARB(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)やACE阻害薬(アンジオテンシン変換酵素阻害薬)は、血管性浮腫を誘発したり発作の頻度を高めたりする可能性があります。浮腫を惹起させる主たるメディエーターであるブラジキニンの分解にACEがかかわるため、その阻害薬はブラキジニンの活性を増大させる作用を有します。ACE阻害薬は、HAEと同じ機序で血管性浮腫を生じさせることが知られているため、HAEの患者さんに対しては用いないようにします。
また、HAEではありませんが、ACE阻害薬と糖尿病治療薬のDPP-4阻害薬を併用した場合に、軽度から中等度の血管性浮腫が増加する可能性を示唆する報告があります1)。
高血圧についてはHAEの主治医と連携した上で治療薬を選択し、患者さんには『お薬手帳』を利用してもらうなどして、HAEの主治医と高血圧の薬物療法について常に情報共有することが大切です。
糖尿病の場合
糖尿病をもつHAE患者さんで、血糖コントロールが良好で合併症のリスクが低い場合は一般の患者さんと同様の診療でよいでしょう。しかし、血糖コントロールが不良で感染症のリスクが高いと判断される場合は、感染症がHAEによる浮腫発作を誘発することがある2)ため、感染予防を徹底するように指導します。
薬物療法については、高血圧症のところにも記載したように、糖尿病治療薬のDPP-4阻害薬を併用した場合に、軽度から中等度の血管浮腫が増加する可能性を示唆する報告があります1)。
妊娠・出産、婦人科疾患の場合
HAE患者さんは、妊娠・出産、月経、エストロゲン製剤(経口避妊薬、更年期障害に対するホルモン補充療法(HRT)など)によって浮腫発作が誘発されたり、発作の頻度が高まるリスクのあることがわかっています3)。患者さんがHAEの主治医からどのような説明を受けているかを聞き、必要に応じてその主治医に直接確認しておくと日常診療を行う側も安心です。
特に分娩は侵襲を伴うため,浮腫発作の誘発因子になり得ます。経膣分娩あるいは帝王切開になるかは、かかりつけ医の先生と相談し、決めることになります。経膣分娩では、短期予防のC1-INH製剤投与以外に、無痛分娩を併用することも増えているようです。また帝王切開時も短期予防としてC1-INH製剤を投与して行うことが多いようです。
HAEは侵襲を伴う処置が浮腫発作の誘発因子となるため、侵襲を伴う検査や治療が必要な場合は、患者さんに十分説明し、そのうえでHAE急性発作の発症抑制に有効なC1-INH製剤の予防的投与(短期予防)を侵襲が伴う処置前、6時間以内に積極的に検討します。また、長期予防として経口血漿カリクレイン阻害薬を服用している場合もあるので、患者さんに確認しましょう。
HAE患者さんを診療する場合は、前述したようにHAEの主治医と連携関係を築いておくことが望ましいでしょう。
患者さんから妊娠・出産、経口避妊薬、ホルモン補充療法(HRT)などについて相談があった際に適切に対応することができ、疾病管理、QOL向上にも役立ちます。
歯科治療(抜歯など)について相談を受けたら HAEの患者さんの多くは、過去に歯科治療の麻酔や抜歯の際に、浮腫発作を経験したことがあるか、誘発する可能性について、主治医から説明を受けているはずです。それでも、治療の前に身近なかかりつけ医に相談することがあります。歯科治療を契機とした浮腫発作は口唇や口腔内に起こることが多いとされますが、全身に出現する可能性もあり、なかでも喉頭浮腫を起こした場合は気道閉塞に至る場合があります。そのような事態を防ぐために、短期予防として治療前にC1-INH製剤を投与することが一般的です。ただし、すべての歯科治療が対象ではなく、各種ガイドラインでは、侵襲性の高い抜歯などの歯科治療の際に、行うことが推奨されています2)4)。 しかし、侵襲性の低い通常の歯科治療でも発症する事例が報告されており、HAEの主治医による総合的な判断が必要です。近年では、浮腫発作を起こした際に自己注射可能なオンデマンド治療薬を携行している患者さんや長期予防薬投与中の患者さんもいますので、歯科治療医と治療内容と侵襲性について情報共有を行い、適切な短期予防計画と浮腫発作時の対策を検討することが重要です5)。 そして、侵襲性の高い歯科治療を行う際は、術前のC1-INH製剤の短期予防と、浮腫発作の経過観察、発作時の対応などが可能な病院の歯科口腔外科と連携する必要性もあるでしょう。 |
各種ワクチン接種について相談を受けたら ワクチン接種がHAEによる浮腫発作を誘発するというエビデンスはありません。むしろ感染症がHAEによる浮腫発作の誘発因子になり得るため、必要なワクチンは積極的に接種すべきであると考えられています。 |
HAE患者さんを支える医療者間コミュニケーション
HAE患者さんは、いつ起こるかわからない浮腫発作に不安を感じながら生活しています。HAE診断後は対処法があることを知って安心しますが、それでも突然発作が起こることはあり、また発作を回避するような生活を心がけていても完全に防ぐことはできないためストレスを抱えがちです。
そのような患者さんにとって、身近なかかりつけ医は相談しやすい相手なのではないでしょうか。受診の際には日常生活の様子や、困っていることがないかを尋ねるなどして、患者さんが話しやすい雰囲気をつくっていただきたいと思います。
また、HAEは遺伝性の疾患であるため、子どもや孫のことを気にかけていたり、若い患者さんなら将来への不安を感じていたりする場合もあるでしょう。子どもがHAEである場合は、学校への説明や、修学旅行など宿泊行事に関する相談も多いようですが、HAEの主治医につないでいただければ適切な対処が可能です。明確な回答がみつからない悩みであっても、かかりつけ医にじっくりと話を聞いてもらえたと思うだけで心が軽くなることがあります。傾聴的、共感的な声かけが、HAEという病気と生涯付き合っていく患者さんを支えるのです。
HAEの主治医だけで患者さんを支えることはできず、HAE以外の日常診療を担うかかりつけ医との連携が不可欠です。HAEは遺伝性の難病ですが、疾病管理がきちんとできていれば普通の人と同じ生活を送ることができ、診療においても侵襲を伴う処置や一部の薬剤に注意すれば一般の患者さんと何ら変わるところはありません。
もし、HAEの患者さんが受診したら、患者さんのお話をまずはじっくりと聞いていただきたいと思います。そしてHAEの主治医の所属と名前を尋ね、確認したいことなどがありましたらいつでもそこへ連絡してください。HAEの専門医※のもとには、HAEの患者さん支援の経験を持つ看護師、薬剤師、医療ソーシャルワーカーもいます。医師同士が積極的に情報共有し、信頼関係を築くことでHAEの診療は充実し、患者さんは“普通の生活”を送ることができます。
※日本専門医制評価・認定機構が認定する専門医を指すものではなく、HAE領域の診療・患者支援に長年尽力されている医師を指します
1)Brown NJ, et al. Dipeptidyl peptidase-IV inhibitor use associated with increased risk of ACE inhibitor-associated angioedema.Hypertension. Published online before print July 6, 2009, doi: 10.1161/HYPERTENSIONAHA.109.134197
2)堀内孝人, 大澤 勲, 岡田秀親, 他: 遺伝性血管性浮腫 (HAE) ガイドライン改訂2019年版. (日本補体学会 HAE ガイドライン作成委員会)
3)Ohsawa I et al: Ann Allergy Asthma Immunol 2015; 114: 492-498
4)World Allergy Organization Anaphylaxis Guidance 2020. World Allergy Organ J. 2020 Oct 30;13(10):100472. PMID: 33204386
5) Farkas H et al. Short-term prophylaxis in hereditary angioedema due to deficiency of the C1-inhibitor -a long-term survey. Allergy 2012;67:1586-93
※本記事は2022年に作成した内容です。治療の際は最新の情報をガイドライン等でご確認ください。